読書『「宇宙戦艦ヤマト」を作った男 西崎義展の狂気』

私は小学校6年生の頃に、ちょうどヤマトブームが重なりました。なので、ヤマト世代にギリギリかかっている年齢になります。私より下の世代が、ちょうどガンダム世代にあたるわけです。

 

当時はビデオデッキがまだ無く、カセットテープで録音して音だけを何度も聞き返したり、「ヤマト大百科」のような本や、「設定資料集」などを読み漁ったりして、作品を深く楽しんでいく時代です。それらの本には、必ずプロデューサーの言葉として、西崎義展氏の名前や顔写真が出ていました。当時はプロデューサーという言葉の意味も知らなかった年頃ですが、ヤマトファンの自分にとっては、憧れの殿上人として刷り込まれたわけです。

もちろん、当時のメディアから伝えられる氏のイメージは紳士的でクリーンだったわけですが、後年は逮捕騒動や松本零士氏との裁判などで、世間をお騒がせしたこともあり、マイナスの噂も多く耳にしました。しかしながら、プライベートな面はともかく、大きな仕事をなし遂げた人物としての、憧れの気持ちは今も変わりません。

 

一般的に、プロデューサーは作品にはあまり介入せず、お金を集めてくるのが仕事です。そして、作品作りはディレクター以下の現場スタッフに任せます。ところが、西崎氏はプロデューサーでありながら、作品をコントロールしようとするタイプです。現場にとっては、たいへんやりにくい相手だったことは想像できます。

とはいえ、こだわった作品を世に出したいと考えた時、ディレクターの権限では限界があるのも事実です。いくら作品を任されたとは言っても、予算以上のことはできないからです。つまり、自分が本当に愛する作品を、とことんこだわって世に出したい場合、プロデューサーという立場を選択するのが近道なわけです。

理想は、「宮崎駿」の作家性を最大限尊重して、裏方でお金を集めてくれる「鈴木敏夫」プロデューサーとのコンビのような関係性ですね。でも、私も出会いを待つより先に動きたいタイプでした。

私が、ものづくりをしたい人間なのにも関わらず、経営者という立場を選んで作品を作っていこうとするのは、西崎氏のことが常に頭の片隅にあった影響も大きいと思います。

確か、「宇宙戦艦ヤマトⅢ」の映画化のタイミングだったと思います。西崎氏の「今度のヤマトは私が見たいから作った」というセリフは、いまだに忘れられない言葉です。

 

そんな憧れの人物が、事実とは言えずいぶんと悪い人物のように書かれています。でも、プロデューサーとして大金を動かすことの重圧から逃れるためであったり、意図せずして敵をつくってしまうことだったり、時と場合によっては無茶をしなければならない局面があったり…。

私が背負ってるものは、氏と比べるとまだまだ小さいものですが、世の中を動かすには、無茶も必要な時があるという気持ちは共感できるように感じました。

つまり、西崎義展氏は本当にヤマトを愛していたし、どんな悪い噂を聞いても、私にとっては永遠のヒーローに違いありません。

 

P.S.

クリエイターの方は、プロデューサーからダメだしされたら、素直に従うべきです。そのダメだしはプロデューサーの趣味やワガママではありません。プロデューサーがもっている「市場性」つまり「こうした方がより売れる」という感覚は、往々にしてクリエイターの感覚よりも優れているものだからです。

 

 

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