【連載】仮想世界の暮らし方 第3回

私がゲームクリエイターを目指した理由

大人にとっても子どもにとっても、空想世界は現実からの逃避先になります。現実逃避と言うとなんとなくネガティブな印象があるかもしれませんが、私はどんどん逃避していいと思っています。空想世界へ逃避することは、現実のディズニーランドに行ってリフレッシュ効果を感じるのと、なんら変わりありません。


現実にはいろいろな制約や障害があり、理不尽と向き合わなければならないのですから、避難場所があっていいじゃないですか。それを、ディズニーランドのようなリアル空間に求めるか、ネットの中の仮想空間に求めるか、アニメやコミックの2次元世界へ求めるか、それとも自分の脳内にある空想世界に求めるか、人それぞれ自由です。

逃避先として空想世界を選べばコストが一切かかりません。それは一つのメリットです。しかし、そこで十分に満足するくらい楽しめるには、一定のスキル=空想力を必要とするようです。また、残念ながら年齢と共に、そのスキルは失われていくように感じます。その不足している空想力を補ってくれるのが、小説や漫画、アニメやゲームの世界であったり、オンラインゲームの仮想空間であったりします。
ロールプレイという言葉があります。ロールプレイングゲームすなわちRPGという言葉の方が有名かもしれません。精緻なグラフィックで世界が作り込まれ、綿密に計算されたストーリーに従ってゲームが進行するものであっても、自分が「ロールプレイ」すなわち「役割を演じる」ためには、ディスプレイ上の出来事を自分の身体で体感していると思い込むような「空想力」が必要です。

つまり、ディスプレイの向こうに作り込まれた世界観は、私たちの空想力を補う「空想補助装置」と考えられます。
同時に、人間は誰しも空想力をもっており、それを補ってあげればいいと割り切れば、リアリティ溢れる3次元グラフィックや、ヘッドマウントディスプレイなどの高価なVR機器は必要ないとも考えます。

私は人間に息抜きとしての現実逃避は必要で、そのためのツールとして、小説や映画、漫画やアニメ、そしてゲームがあると考えています。人間の脳は一度記憶になってしまうと、それが現実の体験なのか、空想の体験なのかを、明確に識別していません。スポーツ選手がイメージトレーニングをして、実際の成績が上がることでも、そのことを示していると言えます。

人間は苦しい現実に直面した時、過去の幸せな想い出によって救われることがあると思っています。

だったら、現実の体験でなくても、空想世界で幸せな記憶を与えることができれば、それで人が救われることがあるんじゃないだろうか。
そして、その目的を達成するのに一番近いツールがゲームではないかと考えました。

それこそ私がゲームクリエイターを目指した理由です。

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  1. ピンバック: キャラフレを開始しようと思ったきっかけはなんですか? | 2.5次元ではたらく社長 濱田功志 のブログ

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