2015年度新学期・情報化村社会に生きるキャラフレユーザーの皆さんへ

2015年になり、スマートフォンもますます普及してきました。いつでも、どこでも繋がっている社会がいよいよ訪れたと言えるでしょう。
日本は戦前までの「村社会」文化から、高度成長期の「都市社会」文化へと移り変わってきました。「村社会」では、小さなコミュニティの中で、人々が助け合い、共同生活を営んでいました。独りぼっちでは、食べ物の確保すら難しかったのです。もし、私欲に走ったりモラルに反する行動をとって村を追われたりすると、生きていくことができない時代でした。
近代化により「都市社会」が生まれると、人は一人で生きていくことが可能になりました。村を出て都市に移り住んだ人々は、お金を稼いで食料を買うことで、助け合う必要すらなくなります。そのことを自由と考えた人々は次々と村を出て、一気に都市化が進みました。
しかし、ネットの普及により、都市の人々は急激につながりを求めはじめます。しかも、数十人単位で家族のように固まっていたかつての村社会と異なり、日本中・世界中という規模で、つながりが張りめぐらされようとしています。
明らかに「都市社会」と異なる文化を形成しつつあり、新しい「情報化村社会」の到来と呼んでもいいでしょう。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第1回

ネットは空想補助ツール

21世紀に入り、世界が大きく変わったことはなんでしょう?
宇宙旅行も人工知能も実現していませんが、いつでもどこでも繋がっていることが当たり前のネット環境は、20世紀には無かった技術です。電車の中で、誰もが手のひらサイズの高精細ディスプレイを見つめ、刻々と変わる情報を収集している。その風景は、NTTドコモからi-modeが登場する1999年頃までは、誰も想像していませんでした。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第2回

※写真は下北沢に現存するAMIGAの看板。昔はいたるところで見かけたように思います。

パソコンとの出会い

私がパソコンと出会ったのは小学校6年の頃です。ゲームウォッチは既にありましたが、ファミコンは登場する前です。ワンボードマイコンの時代は既に過ぎており、ディスプレイモニターに繋がったキーボード一体型の8bit機の時代になっていました。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第3回

私がゲームクリエイターを目指した理由

大人にとっても子どもにとっても、空想世界は現実からの逃避先になります。現実逃避と言うとなんとなくネガティブな印象があるかもしれませんが、私はどんどん逃避していいと思っています。空想世界へ逃避することは、現実のディズニーランドに行ってリフレッシュ効果を感じるのと、なんら変わりありません。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第4回

ネットは有害か

私も年齢を重ね、世の中にもコンピュータやインターネットが十分に普及しました。子どもと呼べる年代の手にもスマートフォンが行き渡ろうとしている時代です。しかし、ネットの普及に伴って、子どもが長時間ネット端末に触れることが、害悪として語られ始めました。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第5回

空想力はオタクのスキル

結論から言います。少年期に誰もが持っている空想力を失わずに、青年期や大人に達した人達をオタクと定義します。まず、ここではオタクを肯定しましょう。そして、オタクの中でも空想力が突出した人達は「中二病」と呼ばれたりしますが、これも肯定します。さらに秀でた空想力を持てば、クリエイターや作家と呼ばれる人になれますし、その先には偉人と呼ばれる大発明家もいることは、アインシュタインに空想癖があったり、エジソンに引きこもりの傾向があったりすることからも想像できます。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第6回

僕らが大人になれない理由

なぜ、私たちは大人になれないまま年齢を重ねてしまったのでしょうか。きっと、少年期にやり残したことがあるせいではないでしょうか?少年期にやり残したことは、空想により補うことができますし、私たちはそうやってバランスとってきました。

【連載】仮想世界の暮らし方 第7回

学校への憧憬

同じ年齢の子どもを40名単位の教室に隔離して、理想化された教育を施そうとする現在のシステムを「近代教育」といいます。様々な批判や議論はありますが、根本的に見直される様子はなく、国民全体がそのシステムに組み込まれています。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第8回

コミュケーションの渇望

ずっと昔、学校が終わって家に帰ってからは、翌朝学校に通うまで友人とのコミュケーションは途切れていました。ちょうど私の世代頃からは塾通いがブームとなり、学校が終わった後に第二のコミュニティが形成されるようになりました。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第9回

安全地帯からの批判

ネット上の叩く行為、叩かれる行為が問題視されています。少し前は、匿名であるべきか実名であるべきかの議論も盛んに行われていました。確かに実名制のコミュニティの方が、荒れにくい傾向はあるようです。しかし、本質は匿名か実名かではなく、ネットが何をやってもいい「安全地帯」と考えられていることが原因と考えます。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第10回

不完全なコミュニケーション

コミュニケーションと言われると、文字や言葉のキャッチボールをイメージしがちです。しかし、文字や言葉を持たない動物だって、コミュニケーションをとることができます。飼い主とペットの間はもちろんそうですが、犬同士、猫同士もコミュニケーションをとっているように見えます。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第11回

挑発する相手

ネット上では、挑発的な言葉を見かけない日がないように思います。人はどうして、わざわざ相手を怒らせるような言葉を投げかけるのでしょう。人間は、本来平穏を望んでいる生き物だと思います。彼らは平穏に退屈し、争いを望んでいる人たちなのでしょうか。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第12回

挑発される自分

平穏にすごしたいと思っていても、思いがけず挑発的な言葉を投げかけられる経験は、誰にでもあると思います。そんな時、自分はどのように対処すればいいのでしょう。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第13回

青少年の輝き

活き活きとした子供たちの様子を「輝いている」と表現することがあります。「輝いている」という言葉は、肉体的な若さを指しているわけではありません。
もちろん、単純に容姿が優れていることを指しているわけでもないでしょう。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第14回

スクールアイドルへの憧れ

スクールアイドルを扱ったアニメが流行っています。
キャラフレの中でも、サービス開始当初よりアイドルをテーマにした同好会活動が盛んに行われていました。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第15回

ゴールを目指すだけでは走り続けられない。走る楽しみを見つけよう。

 中学・高校時代の勉強は、良い高校、良い大学へ進学することを目標にしていませんでしたか?
私もそんな勉強の仕方をしていました。

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【連載】仮想世界の暮らし方 第16回

競争は悪いことなのか

私たちの世代では、子どもの頃に「クラスで1番になりなさい」と当たり前のように言われていたように思います。

一方最近では、運動会で順位をつけないなど、競争を避ける風潮もあるようです。

競争することは、はたして悪いことなのでしょうか。

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